MEARCH

街と人をつなぐ

SHINANOMACHI / 信濃町

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“下町エコシステム”を
教えてもらった。
横の繋がりが幾重も繋がっていくとで、モノの交換を介して人と人が繋がっていたらしい。
縦の繋がりも、坂本さんの親方の親方は坂本さんのお父さんだった。

若葉町の商店街を歩いていると、「包丁研ぎ、まな板削り」の文字を掲げたお店が。お店はいろいろな工具が並んでいるが、どう見ても包丁屋さんでもまな板屋さんでもない。さっそく店主に聴いてみることに。店主は御歳73歳の坂本彬さん、頭に鉢巻の元気な職人さんだ。

坂本さんは建具職人さんで、大工さんから発注を受けて障子や扉をつくる職人さんだ。千葉県生まれで、15歳の時に丁稚奉公(でっちぼうこう)に四谷四丁目の親方のところで学んでから、同じ職人だったお父さんと今の場所に昭和37年からお店を開いているのだそう。何年か前から、建具の仕事の傍ら、同じ道具を使って近所の人の包丁を研いだり、古くなった木製まな板の表層を削るサービスを始めたとのこと。インタビューをしている最中も、街行く人たくさんの人と挨拶を交わす坂本さんは職人さんとお客さんという関係性を越えて街の人と繋がっているんだと感じた。

坂本さんが街の人と繋がっている理由は、包丁研ぎやまな板削りをやっているからだけでは無かった。33年間、地域の消防団に勤めていたことも大きな理由で、店内に飾られていたたくさんの表彰状がそれを物語っていた。ただ、僕が一番の理由だと感じたのは、“下町エコシステム”とでも呼べる、街の縦と横の人の繋がり方だ。

例えば、昔は建具を制作する過程で発生する端材を近所の銭湯に持って行ったんだそう。それを銭湯では風呂を炊く燃料として頂き、代わりに坂本さんはタダでお風呂に入ることができた。いわゆる、バーターというヤツだ。また、銭湯は映画館の広告場所にもなっていたから、広告を設置する代わりに銭湯が受け取っていた映画チケットが坂本さんに回ってくることもあったんだそう。こんな横の繋がりが幾重も繋がっていくとで、モノの交換を介して人と人が繋がっていたらしい。縦の繋がりも、坂本さんの親方の親方は坂本さんのお父さんだったそうで、そういう縦の繋がりで仕事が入ってきていたことは想像に難くない。

そんな横の繋がりをつくる商店街も37軒あった商店が現在は9軒となり、商店会も昨年2013年に無くなってしまったのだそう。四谷だけでも14軒あった建具屋が今は坂本さんの所も含めて6軒になってしまったり、“下町エコシステム”も今は小さくなってしまっている。ただ、坂本さんはとっても元気だ。信濃町の散歩ついでに、ちょっと覗いてみて欲しい。<Ryo>

 

坂本建具店

〒160-0011 東京都新宿区若葉2丁目 坂本建具店

03-3353-0483

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若葉町の商店街を歩いていると、「包丁研ぎ、まな板削り」の文字を掲げたお店が。お店はいろいろな工具が並んでいるが、どう見ても包丁屋さんでもまな板屋さんでもない。さっそく店主に聴いてみることに。店主は御歳73歳の坂本彬さん、頭に鉢巻の元気な職人さんだ。

坂本さんは建具職人さんで、大工さんから発注を受けて障子や扉をつくる職人さんだ。千葉県生まれで、15歳の時に丁稚奉公(でっちぼうこう)に四谷四丁目の親方のところで学んでから、同じ職人だったお父さんと今の場所に昭和37年からお店を開いているのだそう。何年か前から、建具の仕事の傍ら、同じ道具を使って近所の人の包丁を研いだり、古くなった木製まな板の表層を削るサービスを始めたとのこと。インタビューをしている最中も、街行く人たくさんの人と挨拶を交わす坂本さんは職人さんとお客さんという関係性を越えて街の人と繋がっているんだと感じた。

坂本さんが街の人と繋がっている理由は、包丁研ぎやまな板削りをやっているからだけでは無かった。33年間、地域の消防団に勤めていたことも大きな理由で、店内に飾られていたたくさんの表彰状がそれを物語っていた。ただ、僕が一番の理由だと感じたのは、“下町エコシステム”とでも呼べる、街の縦と横の人の繋がり方だ。

例えば、昔は建具を制作する過程で発生する端材を近所の銭湯に持って行ったんだそう。それを銭湯では風呂を炊く燃料として頂き、代わりに坂本さんはタダでお風呂に入ることができた。いわゆる、バーターというヤツだ。また、銭湯は映画館の広告場所にもなっていたから、広告を設置する代わりに銭湯が受け取っていた映画チケットが坂本さんに回ってくることもあったんだそう。こんな横の繋がりが幾重も繋がっていくとで、モノの交換を介して人と人が繋がっていたらしい。縦の繋がりも、坂本さんの親方の親方は坂本さんのお父さんだったそうで、そういう縦の繋がりで仕事が入ってきていたことは想像に難くない。

そんな横の繋がりをつくる商店街も37軒あった商店が現在は9軒となり、商店会も昨年2013年に無くなってしまったのだそう。四谷だけでも14軒あった建具屋が今は坂本さんの所も含めて6軒になってしまったり、“下町エコシステム”も今は小さくなってしまっている。ただ、坂本さんはとっても元気だ。信濃町の散歩ついでに、ちょっと覗いてみて欲しい。<Ryo>

 

坂本建具店

〒160-0011 東京都新宿区若葉2丁目 坂本建具店

03-3353-0483