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街と人をつなぐ

SHINANOMACHI / 信濃町

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気持ちの良い公園や広場が多いこのエリア。絵画館前は意外と穴場かも。
沖田総司晩年に暮らしたと言われるエリア。東京駅設計者の辰野金吾の同期、曽禰達蔵の慶應予防医学教室は時代を感じる。
下町独特の、プライベートとパブリックなペースの境界が曖昧な風景。道を庭のように扱う“道庭”に迷い込めます。
御歳73歳の建具屋の坂本さん。昭和の古き良き街の人付き合いを教えてもらいました。
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3つの昭和が 重なる街

江戸時代前期の幕臣、信濃守だった永井尚政の下屋敷があったことで、信濃町と名付けられた街。今も山の手エリアは寺社や大きな区画の住宅が並び、谷部分は下町的な小さな区画の住宅が並び当時の景観を偲ばせる。

信濃町を歩いてみて感じたのは、いろいろな昭和が今も感じられる街であるということ。1つは、慶應義塾大学信濃町キャンパスの建物から感じられる昭和初期の風景。もう1つは、若葉町の戦後からバブル期にかけての下町の風景。最後に、国立競技場のある東京オリンピックの風景。歴史を知っていても知らなくても、散歩をするとエリアごとの違いを感じることができ、新しい発見があるかも。<Ryo>